第1章 比較
第3節 材源
第1項 シェイクスピアの作劇法
「材源」とは、「シェイクスピア作品の研究」で使用される用語だ。
ウィリアム・シェイクスピアはイングランドの劇作家、詩人で、西暦1600年前後の約20年間に、四大悲劇「ハムレット」、「マクベス」、「オセロ」、「リア王」をはじめとして、「ロミオとジュリエット」、「ヴェニスの商人」、「ジュリアス・シーザー」など多くの名戯曲や詩を残した。
名前だけは誰もが知る大作家ゆえ、さぞやオリジナリティ溢れる作品を書いたのだろうと思いきや、まったくその逆。文学者達の長年の研究によれば、シェイクスピア作品の多く、というよりほとんど全てが、過去の別作品を「下敷き」にしているという。
シェイクスピアの場合の「下敷きにする」とは、「模倣する」とか「影響を受ける」とか「部分的に似ている」というレベルの生易しい話ではなくて、物語の舞台や設定、筋、場面はもちろん、文体から登場人物の名前やセリフまであらゆる要素を借用する。それこそ「骨までしゃぶる」かのようにだ。
第2項 リア王
例えば、四大悲劇の一つ「リア王」。
以下7作品を材源としている。
新潮文庫『リア王』福田恆存 解題P-186 |
「リア王」は、①の「【原】リア王」を幹とし、②~⑦の作品のエピソードや言い回しを取り入れて構成されている。
メインの材源を主筋とし、その他複数の材源を副筋に組み込んで作品のストーリーを構成する。材源の良い部分を活用し、不要な部分は省略する。
いずれの材源にも登場しないシェイクスピアの独自のものと考えられる登場人物は、むしろ少数派で数えるほどしかいない。
その上で、作品の肝となる部分には、シェイクスピア独自の改変を加える。
第3項 シェイクスピア作品の特徴
このように、シェイクスピア作品は、いくつもの昔話や物語、歴史や伝承を重ねあわせた多層体になっている。
慣れ親しんでその面白さが約束されたストーリーを土台として、造形をより一層深堀りした人物達の人間ドラマを積み上げる、といった手法をとっているためだ。
凡手がやれば、きめの粗いただのパッチワークになってしまうところだが、人物造形を材源の場合より一層複雑で厚みのあるものとして描くことに成功しているため、作品全体がシェイクスピア独自の色で統一される。縦糸としてのストーリーと横糸としてのドラマが、緊密に入り組んだ織物に仕上がっている。
特徴のある人物造形とその人間関係、それらが織りなす複雑なストーリー構成は、純然たる創作として生み出すには多大なエネルギーを必要としすぎる。
古くから親しまれた、単純な型ゆえの面白さを持つ既存の物語をいくつか組合せ、魅力的な人物やエピソードを織り込んでいくことで、複雑多岐にわたる人間ドラマの創造に注力ができるわけだ。
第4項 シェイクスピア関連本
新潮文庫「シェイクスピアの本」訳:福田恒存
ㅤ① ロミオとジュリエット
ㅤ② オセロー
ㅤ③ ハムレッット
ㅤ④ ヴェニスの商人
ㅤ⑤ リア王
ㅤ⑥ ジュリアス・シーザー
ㅤ⑦ マクベス
ㅤ⑧ 夏の夜の夢・あらし
ㅤ⑨ じゃじゃ馬ならし・空騒ぎ
ㅤ⑩ アントニーとクレオパトラ
ㅤ⑪ リチャード三世
ㅤ⑫ お気に召すまま
シェイクスピア解説本
ㅤ① シェイクスピアの変容力―先行作と改作
ㅤㅤ著:小野昌、山根正弘、中村豪、石塚倫子
ㅤ② シェイクスピアと聖なる次元―材源からのアプローチ
ㅤ著:斎藤 衛
ㅤ③ シェイクスピアを楽しむために
ㅤㅤ著:阿刀田 高
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